SP3には気をつけろ
今日はWindows2000の話題を中心にざっくばらんに書いていきます。
前回の日記で紹介したWindows2000ですが、Ra40にインストールしようとしたのが悪かったらしく、全くSCSIドライブが認識できない状況に陥りました。
SC-UPCIを外したりIFC-USPに取り替えたりして試しましたが、ダメ。
IDEのCD-ROMドライブをつないで試してみても、ダメ。
USBボード経由でDVDドライブをつないで試してみても、ダメ。
Windows95/98からアップグレードを試みても、ダメ。
勿論SCSI以外をデフォルトの設定にして試しても、ダメ。
結果はほぼ二分され、
(1)SCSIデバイスが全く認識されない…フロッピー起動の場合に起こる
(2)STOP 0x7Bエラー(INACCESSIBLE_BOOT_DEVICE)…HDからの起動の場合に起こる
この状況から、SCSIデバイスからの起動は非常に困難であると判断。
調べてみると、SP3からはSCSI周りの仕様変更があったので従来のドライバだと動かない場合がある、とのこと。
無印〜SP2からSP3へアップデートした時も、STOPエラーで止まることもあるんだとか。
ってことは……
完全にハマったじゃないかっっっ!!
念のため、VirtualPCにPC/AT版を入れてみるとCDだけですんなり入ってくれるし。
対するPC-98版はなんか無理やり動くようにポーティングされたような出来映え。これは…ちょっとねぇ。
しかも製品になってる段階でまともにインストールできないっていうのは…。
というわけで、久々にNr166を引っ張り出してきてWindows2000を入れてみました。
全部IDE接続だし、今度こそPC-98でWindows2000が動く!!

インストールを選ぶと使用許諾契約書がCDから読み込まれ、アップグレード対象のCDを入れてくださいとのメッセージ。きちんと動いてるぜ!

ファイルのコピー後、再起動。
ついにGUI画面が出て「お待ちください...」の文字。うぉぉきたっ!!
…

「お待ちください」…?
止まってるだろ、これ。
というわけで、Nr166でも動作させることはできませんでした。
PC-98に入れるときは、SP3にご注意を。
「かんなぎ」DVD1巻(限定版)を今更購入しました。
これで全話揃うぞ〜とwktkしながら鑑賞。たぶん一番面白い話だろうな、と思っていた話でしたが案の定結構面白かったり。
陸前高砂駅周辺とか、陸橋周辺とかもばっちり背景に描かれてましたし、あとは電車も。単色っぽかったのですが形は205系に似た感じでした(遠めなのであまり分からん)。
あと買うとしたら未放映の14話が入った最終巻あたりでしょうか。
なんかここで切るのも何なので、結構真剣に二期の放映を希望してます。
なんとなく、ハードオフにてネオジオ用ジョイスティックを315円で入手。

早速ばらして洗浄し、アーケード基板用に整備しました。

ボタンがこすれて引っかかり気味だったので、グリスを周囲に塗ったら滑らかに押せるように。
レバーは角度が浅めなものの、ワイン持ちに便利そうなくぼみが上面に付いていて意外と持ちやすいです。
これで挑戦したくなったのでラグナロクをプレイ。結構調子が良くて6面まで行きました。
「久慈ありすイラストそのまま煎餅」を食す。

この前の鉄フェスで購入したせんべいですが、果たしてどんな味がするのか知りたいという気持ちと食べるのはもったいないなという気持ちで板挟みになり、結局仏壇にお供えとして半月以上も置かれていました。
しかしあまり置いておくのも得策ではないことから、いよいよ食べる日がやってきました。
で、袋から出して食べたところ…
「素の南部煎餅」
という結論に落ち着きました。
印刷部分は特段に味が付いてるわけでもなく、生地にも胡麻やピーナッツが入ってるわけでもない…素の状態の南部煎餅でした。
というわけで眠いし腹減ったのでねるっ。
明日は103系の廃車回送があるっぽいので、撮りに行くかもしれません。では。
前回の日記で紹介したWindows2000ですが、Ra40にインストールしようとしたのが悪かったらしく、全くSCSIドライブが認識できない状況に陥りました。
SC-UPCIを外したりIFC-USPに取り替えたりして試しましたが、ダメ。
IDEのCD-ROMドライブをつないで試してみても、ダメ。
USBボード経由でDVDドライブをつないで試してみても、ダメ。
Windows95/98からアップグレードを試みても、ダメ。
勿論SCSI以外をデフォルトの設定にして試しても、ダメ。
結果はほぼ二分され、
(1)SCSIデバイスが全く認識されない…フロッピー起動の場合に起こる
(2)STOP 0x7Bエラー(INACCESSIBLE_BOOT_DEVICE)…HDからの起動の場合に起こる
この状況から、SCSIデバイスからの起動は非常に困難であると判断。
調べてみると、SP3からはSCSI周りの仕様変更があったので従来のドライバだと動かない場合がある、とのこと。
無印〜SP2からSP3へアップデートした時も、STOPエラーで止まることもあるんだとか。
ってことは……
完全にハマったじゃないかっっっ!!
念のため、VirtualPCにPC/AT版を入れてみるとCDだけですんなり入ってくれるし。
対するPC-98版はなんか無理やり動くようにポーティングされたような出来映え。これは…ちょっとねぇ。
しかも製品になってる段階でまともにインストールできないっていうのは…。
というわけで、久々にNr166を引っ張り出してきてWindows2000を入れてみました。
全部IDE接続だし、今度こそPC-98でWindows2000が動く!!

インストールを選ぶと使用許諾契約書がCDから読み込まれ、アップグレード対象のCDを入れてくださいとのメッセージ。きちんと動いてるぜ!

ファイルのコピー後、再起動。
ついにGUI画面が出て「お待ちください...」の文字。うぉぉきたっ!!
…

「お待ちください」…?
止まってるだろ、これ。
というわけで、Nr166でも動作させることはできませんでした。
PC-98に入れるときは、SP3にご注意を。
「かんなぎ」DVD1巻(限定版)を今更購入しました。
これで全話揃うぞ〜とwktkしながら鑑賞。たぶん一番面白い話だろうな、と思っていた話でしたが案の定結構面白かったり。
陸前高砂駅周辺とか、陸橋周辺とかもばっちり背景に描かれてましたし、あとは電車も。単色っぽかったのですが形は205系に似た感じでした(遠めなのであまり分からん)。
あと買うとしたら未放映の14話が入った最終巻あたりでしょうか。
なんかここで切るのも何なので、結構真剣に二期の放映を希望してます。
なんとなく、ハードオフにてネオジオ用ジョイスティックを315円で入手。

早速ばらして洗浄し、アーケード基板用に整備しました。

ボタンがこすれて引っかかり気味だったので、グリスを周囲に塗ったら滑らかに押せるように。
レバーは角度が浅めなものの、ワイン持ちに便利そうなくぼみが上面に付いていて意外と持ちやすいです。
これで挑戦したくなったのでラグナロクをプレイ。結構調子が良くて6面まで行きました。
「久慈ありすイラストそのまま煎餅」を食す。

この前の鉄フェスで購入したせんべいですが、果たしてどんな味がするのか知りたいという気持ちと食べるのはもったいないなという気持ちで板挟みになり、結局仏壇にお供えとして半月以上も置かれていました。
しかしあまり置いておくのも得策ではないことから、いよいよ食べる日がやってきました。
で、袋から出して食べたところ…
「素の南部煎餅」
という結論に落ち着きました。
印刷部分は特段に味が付いてるわけでもなく、生地にも胡麻やピーナッツが入ってるわけでもない…素の状態の南部煎餅でした。
というわけで眠いし腹減ったのでねるっ。
明日は103系の廃車回送があるっぽいので、撮りに行くかもしれません。では。
新OSを買ったぜ
さあ、ついにこの日が来ました。
我が家に革新的な新OSがやってきたー!
その名は…Windows7
+ 1993
=

Windows2000!!
「なぜ今更新OSとか言うの?馬鹿なの?」とか言われそうですが、Windows2000はPC-98対応。
うちのPC-9821に入るOSでは、初のNT系OSです。
…革新的でしょ?
早速Ra40にセットアップを開始したのですが、詰んでます。なんだこの難易度は。FreeBSDと変わりないじゃないかっ。
MS-DOSからWindows2000のCDにアクセスしてセットアップディスクを4枚作り、それから起動してセットアップを進めていくのですが、

CD-ROMドライブが認識されない、ときたもんだ。
SC-UPCIが積んであるので、これのドライバを入れてみた。が、ダメ。
そうしたらWINNT.EXEというDOSからも起動できるセットアッププログラムがある!という朗報を聞いたので、チャレンジしてみた。
まずはCD内のWINNT.EXEから起動。…空き領域がないよ、という謎なエラーが出て終了。
今度はNEC98フォルダ内を全部コピーして起動。…同じ。
最終手段として、Aドライブ(Windows98が入ってたドライブ)をフォーマットし、そこにsysで転送してDOS起動。そこから起動したら行けました。

ファイルのコピーが始まり、再起動を促すメッセージ。ためらわずに再起動。
が、しかし。
お馴染みのドライバロード→セットアップ画面へ行く途中に…

STOPエラー!?
あぁ、だめだこりゃ。詰んだ。
あとは明日やろうっと。
…とはならずに、とりあえず動作確認のためVirtualPCにPC/AT版を入れてみてます。
現在GUI画面が出ているので、何とかなりそうな模様。
明日はぜひRa40でも動くようにしたいですね。では。
我が家に革新的な新OSがやってきたー!
その名は…Windows7
+ 1993
=

Windows2000!!
「なぜ今更新OSとか言うの?馬鹿なの?」とか言われそうですが、Windows2000はPC-98対応。
うちのPC-9821に入るOSでは、初のNT系OSです。
…革新的でしょ?
早速Ra40にセットアップを開始したのですが、詰んでます。なんだこの難易度は。FreeBSDと変わりないじゃないかっ。
MS-DOSからWindows2000のCDにアクセスしてセットアップディスクを4枚作り、それから起動してセットアップを進めていくのですが、

CD-ROMドライブが認識されない、ときたもんだ。
SC-UPCIが積んであるので、これのドライバを入れてみた。が、ダメ。
そうしたらWINNT.EXEというDOSからも起動できるセットアッププログラムがある!という朗報を聞いたので、チャレンジしてみた。
まずはCD内のWINNT.EXEから起動。…空き領域がないよ、という謎なエラーが出て終了。
今度はNEC98フォルダ内を全部コピーして起動。…同じ。
最終手段として、Aドライブ(Windows98が入ってたドライブ)をフォーマットし、そこにsysで転送してDOS起動。そこから起動したら行けました。

ファイルのコピーが始まり、再起動を促すメッセージ。ためらわずに再起動。
が、しかし。
お馴染みのドライバロード→セットアップ画面へ行く途中に…

STOPエラー!?
あぁ、だめだこりゃ。詰んだ。
あとは明日やろうっと。
…とはならずに、とりあえず動作確認のためVirtualPCにPC/AT版を入れてみてます。
現在GUI画面が出ているので、何とかなりそうな模様。
明日はぜひRa40でも動くようにしたいですね。では。
最後の日
さて、いよいよ本日、10月21日をもって103系の営業運転が終了しました。
いろいろ忙しいとか言って日記を更新していなかったのですが、実際ヘッドマークらしきものを作るとか言ってなんだかんだで進んでなかったりしたので書けるなら今だろうと。
というわけで、先週の火曜から毎日撮ってた写真を載せながら最近の撮影行脚を書いていきたいと思います。
10/13
引退日が決まってから初めて線路際へ。
この日は多賀城駅の仙台寄り→下馬駅近くの七十七銀行裏→小鶴新田駅近くの跨線橋と移動して撮影。
しかし使用したデジカメ(FinePix Z20fd)に慣れていなかったため、あまり良い写真は撮れずじまいでした。(とか言ってもう写真をうpしてしまったので面倒だからパスしたw)
10/14
前日の失敗を踏まえ、メインカメラのFDマビカ(MVC-FD97)を携行。
下馬駅の仙台寄り→七十七銀行裏→苦竹駅ホームと移動して撮影。

七十七銀行裏

苦竹駅ホーム
マビカで撮ると結構くっきりした写真になるので好きです。
10/15
この日は砂押川→七十七銀行裏と移動。

砂押川の鉄橋
鉄橋で撮るのは中学以来。懐かしい撮影ポイントでした。
こうやって毎日撮影していると、順光・逆光の違いやカメラ・仕上がりに与える影響がなんとなく…でも分かってきた気がします。
朝は光線が地面と平行に近いので、撮影場所もそれなりに限られてきますね。
10/16
下馬駅周辺→下馬からあおば通まで乗車→あおば通と移動・撮影・録音。


下馬駅

あおば通駅

あおば通にはこんな掲示がありました。
他の駅に行ったときも大抵この掲示があったので、仙石線にとっては一大事のようですね。
10/18
大学祭の最中でしたが、暇を見つけて抜け出し特別運用を撮影しました。
やきそば屋が繁盛しすぎて出発が遅れてしまい、バスがぎりぎり駅前に着くのが間に合うか…な状態に。
到着3分前、青葉通一番町バス停で下車。ダッシュであおば通駅に向かい何とか間に合いました。
しかし。

この状態で撮影するっていったってまともに撮れるわけがなかろうが。
快速幕はもう回送に変わってしまっていたし。

何とかヘッドマークを撮影成功。
この後すぐに大学へ引き返し、大学祭もめいっぱい楽しんできました。
問題の快速運用は、ちょうど崗氏が撮影に来ていたのでデータをもらって一件落着。
10/19
この日からヘッドマークが普通に掲出されるようになりました。
下馬駅ホーム→小鶴新田駅ホームと移動して撮影。



下馬駅

小鶴新田でモハ102のSIV部分を撮影。今までまともに撮れなかった場所なので、模型化するときの資料用に撮ってきました。


小鶴新田行きの運用で仙台から戻ってきました。
回送幕になるかと思ったらバグって流灯とか変な表示に。

そのまま車庫へ回送されました。
10/20
そして撮影行脚は最終日へ。
陸前高砂駅ホーム→七北田川鉄橋→苦竹駅ホームと移動して撮影。



陸前高砂駅。珍しく誰もいないようでした。


七北田川の鉄橋。
上りは逆光になる場所ですが、曇天ということで何とかなるかなと思いここを選びましたがうまくいったもよう。


苦竹駅。やはり有名な場所だからか結構人がいました。
10/21
そして本日、最終運転日。
ここまで来て一度も録音してないことに気がついたので、全便乗ってみることにしました。
カメラは前述のFinePixを携え、MDを持っていざ小鶴新田へ。

もう明るくなり始めてますが、カメラの関係で結構露出合わせるのが難しかったり。
そして録音開始。


朝日が差し込む車内。

3年前に補修したはずの車体にも傷みが見えてきています。

あおば通に到着したら今度は東塩釜行きへ。
モハ103に乗り込み録音。
乗っている間はしんみりしてるわけでもなく、ちゃんと録音されてるかをずっと気にしてました。
東塩釜に着いたら総出でスーパー撮影タイムになってましたが、私は乗り越し精算があるので撮影タイムには交われず。MDを交換してひたすら発車待ちしてました。
東塩釜〜あおば通間はモハ102に乗り込み録音。
湧き上がるような「どぅるどぅるどぅる」って音はコンプレッサーなのかな?
そしてあおば通に到着。
定期での乗り越し精算は機械を使えないことが判明しました。ちょっと手間取りましたがなんとか精算完了。
Suicaにチャージして持っていった方が結果的によかったのかな…。

103系は折り返し、小鶴新田行きとして最後の運用へ。
最後に、連結面の窓から線路を見下ろしてみました。
昔はここがお気に入りで、連結面から流れる線路や揺れるジャンパを飽きずに眺めていたなぁ。
205系になってこの窓がなくなってて、がっかりしたのを思い出します。
終点の小鶴新田で下車。
車両はそのまま何事もなく回送されていきました。
そして福田町へ移動。


留置線に入ったところを撮影していきました。
最終日ということもあって、沿道がセルフ撮影会みたいな事に。
この後すぐ帰宅しました。
という内容の日記ですが、締めのうまい言葉が思いつかない…。
103系は2004年頃までにほとんど見かけなくなったので、よくぞ今まで生き残っていたな、というのが正直な感想です。
でもこれで一つの時代が終わりました。
103系は自分の「趣味の原点」だっただけに、動くようにとは言わないのでどこかに静態保存してやってほしいなぁとも思ってます。実際には無理だと思いますが。
とりあえず、お疲れ様でした。
なんか書いてるうちに日付をまたいでしまったけど気にしない。
録音した音源は明日あたりにでもラジ電特別編で流すかもしれません。
それでは。
いろいろ忙しいとか言って日記を更新していなかったのですが、実際ヘッドマークらしきものを作るとか言ってなんだかんだで進んでなかったりしたので書けるなら今だろうと。
というわけで、先週の火曜から毎日撮ってた写真を載せながら最近の撮影行脚を書いていきたいと思います。
10/13
引退日が決まってから初めて線路際へ。
この日は多賀城駅の仙台寄り→下馬駅近くの七十七銀行裏→小鶴新田駅近くの跨線橋と移動して撮影。
しかし使用したデジカメ(FinePix Z20fd)に慣れていなかったため、あまり良い写真は撮れずじまいでした。(とか言ってもう写真をうpしてしまったので面倒だからパスしたw)
10/14
前日の失敗を踏まえ、メインカメラのFDマビカ(MVC-FD97)を携行。
下馬駅の仙台寄り→七十七銀行裏→苦竹駅ホームと移動して撮影。

七十七銀行裏

苦竹駅ホーム
マビカで撮ると結構くっきりした写真になるので好きです。
10/15
この日は砂押川→七十七銀行裏と移動。

砂押川の鉄橋
鉄橋で撮るのは中学以来。懐かしい撮影ポイントでした。
こうやって毎日撮影していると、順光・逆光の違いやカメラ・仕上がりに与える影響がなんとなく…でも分かってきた気がします。
朝は光線が地面と平行に近いので、撮影場所もそれなりに限られてきますね。
10/16
下馬駅周辺→下馬からあおば通まで乗車→あおば通と移動・撮影・録音。


下馬駅

あおば通駅

あおば通にはこんな掲示がありました。
他の駅に行ったときも大抵この掲示があったので、仙石線にとっては一大事のようですね。
10/18
大学祭の最中でしたが、暇を見つけて抜け出し特別運用を撮影しました。
やきそば屋が繁盛しすぎて出発が遅れてしまい、バスがぎりぎり駅前に着くのが間に合うか…な状態に。
到着3分前、青葉通一番町バス停で下車。ダッシュであおば通駅に向かい何とか間に合いました。
しかし。

この状態で撮影するっていったってまともに撮れるわけがなかろうが。
快速幕はもう回送に変わってしまっていたし。

何とかヘッドマークを撮影成功。
この後すぐに大学へ引き返し、大学祭もめいっぱい楽しんできました。
問題の快速運用は、ちょうど崗氏が撮影に来ていたのでデータをもらって一件落着。
10/19
この日からヘッドマークが普通に掲出されるようになりました。
下馬駅ホーム→小鶴新田駅ホームと移動して撮影。



下馬駅

小鶴新田でモハ102のSIV部分を撮影。今までまともに撮れなかった場所なので、模型化するときの資料用に撮ってきました。


小鶴新田行きの運用で仙台から戻ってきました。
回送幕になるかと思ったらバグって流灯とか変な表示に。

そのまま車庫へ回送されました。
10/20
そして撮影行脚は最終日へ。
陸前高砂駅ホーム→七北田川鉄橋→苦竹駅ホームと移動して撮影。



陸前高砂駅。珍しく誰もいないようでした。


七北田川の鉄橋。
上りは逆光になる場所ですが、曇天ということで何とかなるかなと思いここを選びましたがうまくいったもよう。


苦竹駅。やはり有名な場所だからか結構人がいました。
10/21
そして本日、最終運転日。
ここまで来て一度も録音してないことに気がついたので、全便乗ってみることにしました。
カメラは前述のFinePixを携え、MDを持っていざ小鶴新田へ。

もう明るくなり始めてますが、カメラの関係で結構露出合わせるのが難しかったり。
そして録音開始。


朝日が差し込む車内。

3年前に補修したはずの車体にも傷みが見えてきています。

あおば通に到着したら今度は東塩釜行きへ。
モハ103に乗り込み録音。
乗っている間はしんみりしてるわけでもなく、ちゃんと録音されてるかをずっと気にしてました。
東塩釜に着いたら総出でスーパー撮影タイムになってましたが、私は乗り越し精算があるので撮影タイムには交われず。MDを交換してひたすら発車待ちしてました。
東塩釜〜あおば通間はモハ102に乗り込み録音。
湧き上がるような「どぅるどぅるどぅる」って音はコンプレッサーなのかな?
そしてあおば通に到着。
定期での乗り越し精算は機械を使えないことが判明しました。ちょっと手間取りましたがなんとか精算完了。
Suicaにチャージして持っていった方が結果的によかったのかな…。

103系は折り返し、小鶴新田行きとして最後の運用へ。
最後に、連結面の窓から線路を見下ろしてみました。
昔はここがお気に入りで、連結面から流れる線路や揺れるジャンパを飽きずに眺めていたなぁ。
205系になってこの窓がなくなってて、がっかりしたのを思い出します。
終点の小鶴新田で下車。
車両はそのまま何事もなく回送されていきました。
そして福田町へ移動。


留置線に入ったところを撮影していきました。
最終日ということもあって、沿道がセルフ撮影会みたいな事に。
この後すぐ帰宅しました。
という内容の日記ですが、締めのうまい言葉が思いつかない…。
103系は2004年頃までにほとんど見かけなくなったので、よくぞ今まで生き残っていたな、というのが正直な感想です。
でもこれで一つの時代が終わりました。
103系は自分の「趣味の原点」だっただけに、動くようにとは言わないのでどこかに静態保存してやってほしいなぁとも思ってます。実際には無理だと思いますが。
とりあえず、お疲れ様でした。
なんか書いてるうちに日付をまたいでしまったけど気にしない。
録音した音源は明日あたりにでもラジ電特別編で流すかもしれません。
それでは。
大学祭を200%楽しむために
1日目が終わりました。
もやしやきそば…正直、こんなに売れるとは思ってなかったよwww
まぁ、祭りだもんね。需要があるから売れたんだ。
そしてソフ研。
今年も「1ヶ月STG」が(ステージを編集の上)稼動してましたが…
あれ?アイテムがバウンドするー?
しかも、
nWAY弾の当たり判定がない、だと…?
1年ぶりのデバッグ、そしてバージョンは1.12へ。
なぜ気づかなかったんだ…。
焼きそばやって、ソフ研で遊んで、店を見て回って。
やっぱり、かけもちすると2倍楽しいですね。忙しいけど。
そして明日は日曜、更に午前組で忙しくなる予定。
そうなったら103系の撮影はいつ行けばいいんだろう…?
聞けば、上りは快速運転のスジだそうです。
ということは久々の快速幕なのか。これは撮らねば。
しかし、今日の昼は生産が追いつかないほどの大人気だったので…交代がいつになることやら。
まぁ、撮れなくても月〜水の間に撮ればいい話なのでそんなにあせる必要もないかもね。
明日もやきそば焼いて待ってます。
大学祭へぜひお越しを(って言っても俺の大学分からん人は来ないか)。
もやしやきそば…正直、こんなに売れるとは思ってなかったよwww
まぁ、祭りだもんね。需要があるから売れたんだ。
そしてソフ研。
今年も「1ヶ月STG」が(ステージを編集の上)稼動してましたが…
あれ?アイテムがバウンドするー?
しかも、
nWAY弾の当たり判定がない、だと…?
1年ぶりのデバッグ、そしてバージョンは1.12へ。
なぜ気づかなかったんだ…。
焼きそばやって、ソフ研で遊んで、店を見て回って。
やっぱり、かけもちすると2倍楽しいですね。忙しいけど。
そして明日は日曜、更に午前組で忙しくなる予定。
そうなったら103系の撮影はいつ行けばいいんだろう…?
聞けば、上りは快速運転のスジだそうです。
ということは久々の快速幕なのか。これは撮らねば。
しかし、今日の昼は生産が追いつかないほどの大人気だったので…交代がいつになることやら。
まぁ、撮れなくても月〜水の間に撮ればいい話なのでそんなにあせる必要もないかもね。
明日もやきそば焼いて待ってます。
大学祭へぜひお越しを(って言っても俺の大学分からん人は来ないか)。
結局最後に頼れるのは自分の腕
今日、久々にPC-9821Ra40をいじってみました。
Windows98で使っているのですが、いくらなんでもUSBメモリで個別のドライバが必要ってのは運用上障害だよなぁと思ったので、こちらのドライバ↓
Windows 98 USB Mass Storage Device Drivers
http://www.technical-assistance.co.uk/kb/usbmsd98.php
をインストールしたら万事解決しそうだなと思い、インストールを敢行。
「Windows 98 Service Pack(サービスパック?)」とかいうものが必要とか書いてあったのですがそのままドライバのみを入れてしまいました。
ほどなく、再起動を促すメッセージが出て再起動。
と思ったら…

あれー?
そしてこのままEnterで進めると電源が切れる無限ループ突入。
ど、どうする?
幸い通常使うマシンではないので重要なデータも少ないはずですが、Seamonkeyのお気に入りデータとかどうやって抽出するか、また大容量のデータをどうやって転送するか。
起きてほしくないことが起こってしまったので、あたふたしてしまいました。
このとき考えたデータ救出作戦の計画は以下の通り。
1.とりあえず、MS-DOSプロンプトからMO経由で救えるだけのデータを救出
2.DOS用のLANドライバを入手し、1000HAへデータを救出
3.DISKDUMPでバックアップを取り、Windows98を修復セットアップ
まずは1.の作戦から。
幸いMOドライブは認識しているので、FD(ファイラー。懐かしい)を使ってファイルを探索、探し出してMOへ移動、という作業を開始。
しかし、データがどこに残っているか分からないこと、ディレクトリ階層ごとコピーの仕方が分からないことから作戦は中断。
また、救出したファイル名もMS-DOS形式になってしまうのであまり得策ではなかったもよう。
今度は3.の作戦として、外付けのSCSI-HDDを用意してDISKDUMPでバックアップ。
最初のトライでうまく動いたので、そのまま放置して約3時間。

やっとのことでバックアップが終了したので、Windows98のセットアップを実行しますが、ここでSCSIボードのドライバが必要になったのでサイトから落としてFDDへ移動。
CONFIG.SYSをいじって動くようにして、CDドライブが使えるように。
あとはCABSをHDDにコピーして、HDDからSETUPを起動すれば終わり。
しかし今度はメモリが足りない…。予めセットアップ用に作成しておいたCONFIG.SYSとAUTOEXEC.BATに差し替え、ScanDiskを使わない設定にしてSETUP起動。
今度はちゃんと通りました。
しかし、以前のWindowsを上書きするのでバックアップを取ります云々な表示が出たりしたので「本当に環境を残したままセットアップできるのか?」と疑問になりました。

結局その心配は杞憂に終わり、30分後には見慣れた壁紙が。
スタートアップやプログラムもそのまま残り、修復セットアップが完了しました。
セットアップ後にしたことはディスプレイドライバの再設定と、タスクスケジューラの停止ぐらい。
なんか「Shift+再起動」ができないトラブルもありましたが、まぁそれは応急修理なのでしょうがないということにしておきましょう。
データのバックアップは、後日の予定。
しかし、3GBちょっとのバックアップを取るのに3時間かかるとは…。
フロッピーディスクもFDDも最近使っていないせいか、多少ギクシャクするし書き込みにエラーが出るし散々。
最近は「Reflectと外付けHDDで1ヶ月ごとに定期バックアップが取れるぜうへへへ」な環境に身を置いていたので、今までの環境がこんなにも手のかかるものだったのか…と再認識するきっかけになりました。
今はUSBメモリやSATAのHDDが幅を利かせる時代。
それらが使えないとき、やはり最後に頼れるのは今までの自分の経験なんだなぁ。
そう切実に思いました。
余談。
「初音ミクオーケストラ」の曲って、X68000をシーケンサーに使ってたのですね(ブックレットにちゃんと記載がある)。
機材のところに「Z-Music System」とか書いてあって、テンション上がりました。
明日は早起きして103系を撮影してこようと思ってます。では。
Windows98で使っているのですが、いくらなんでもUSBメモリで個別のドライバが必要ってのは運用上障害だよなぁと思ったので、こちらのドライバ↓
Windows 98 USB Mass Storage Device Drivers
http://www.technical-assistance.co.uk/kb/usbmsd98.php
をインストールしたら万事解決しそうだなと思い、インストールを敢行。
「Windows 98 Service Pack(サービスパック?)」とかいうものが必要とか書いてあったのですがそのままドライバのみを入れてしまいました。
ほどなく、再起動を促すメッセージが出て再起動。
と思ったら…

あれー?
そしてこのままEnterで進めると電源が切れる無限ループ突入。
ど、どうする?
幸い通常使うマシンではないので重要なデータも少ないはずですが、Seamonkeyのお気に入りデータとかどうやって抽出するか、また大容量のデータをどうやって転送するか。
起きてほしくないことが起こってしまったので、あたふたしてしまいました。
このとき考えたデータ救出作戦の計画は以下の通り。
1.とりあえず、MS-DOSプロンプトからMO経由で救えるだけのデータを救出
2.DOS用のLANドライバを入手し、1000HAへデータを救出
3.DISKDUMPでバックアップを取り、Windows98を修復セットアップ
まずは1.の作戦から。
幸いMOドライブは認識しているので、FD(ファイラー。懐かしい)を使ってファイルを探索、探し出してMOへ移動、という作業を開始。
しかし、データがどこに残っているか分からないこと、ディレクトリ階層ごとコピーの仕方が分からないことから作戦は中断。
また、救出したファイル名もMS-DOS形式になってしまうのであまり得策ではなかったもよう。
今度は3.の作戦として、外付けのSCSI-HDDを用意してDISKDUMPでバックアップ。
最初のトライでうまく動いたので、そのまま放置して約3時間。

やっとのことでバックアップが終了したので、Windows98のセットアップを実行しますが、ここでSCSIボードのドライバが必要になったのでサイトから落としてFDDへ移動。
CONFIG.SYSをいじって動くようにして、CDドライブが使えるように。
あとはCABSをHDDにコピーして、HDDからSETUPを起動すれば終わり。
しかし今度はメモリが足りない…。予めセットアップ用に作成しておいたCONFIG.SYSとAUTOEXEC.BATに差し替え、ScanDiskを使わない設定にしてSETUP起動。
今度はちゃんと通りました。
しかし、以前のWindowsを上書きするのでバックアップを取ります云々な表示が出たりしたので「本当に環境を残したままセットアップできるのか?」と疑問になりました。

結局その心配は杞憂に終わり、30分後には見慣れた壁紙が。
スタートアップやプログラムもそのまま残り、修復セットアップが完了しました。
セットアップ後にしたことはディスプレイドライバの再設定と、タスクスケジューラの停止ぐらい。
なんか「Shift+再起動」ができないトラブルもありましたが、まぁそれは応急修理なのでしょうがないということにしておきましょう。
データのバックアップは、後日の予定。
しかし、3GBちょっとのバックアップを取るのに3時間かかるとは…。
フロッピーディスクもFDDも最近使っていないせいか、多少ギクシャクするし書き込みにエラーが出るし散々。
最近は「Reflectと外付けHDDで1ヶ月ごとに定期バックアップが取れるぜうへへへ」な環境に身を置いていたので、今までの環境がこんなにも手のかかるものだったのか…と再認識するきっかけになりました。
今はUSBメモリやSATAのHDDが幅を利かせる時代。
それらが使えないとき、やはり最後に頼れるのは今までの自分の経験なんだなぁ。
そう切実に思いました。
余談。
「初音ミクオーケストラ」の曲って、X68000をシーケンサーに使ってたのですね(ブックレットにちゃんと記載がある)。
機材のところに「Z-Music System」とか書いてあって、テンション上がりました。
明日は早起きして103系を撮影してこようと思ってます。では。

