5月5日はくりでん探訪
ゴールデンウイークももう終盤。どこにも行かないでPCのバックアップ作業ばかりしていると「やっぱり出かけたいなぁ…」という欲望が出てきます。
そこで、かなり久々にくりはら田園鉄道を訪ねてみる事にしました。
パートナーは小田急仙石線君(略称は小田仙というらしいが…小田でよくないか?)。後輩であり、「鉄」である。
これまでは、くりでんに変わって間もない頃に行ったのが最初で最後でした(当時小学校1〜2年くらい?)。もちろん当時はそんなにくりでんに興味はなく、その時の記憶は断片的に残るのみ。
それから10年経っている今、果たして当時の記憶がどれくらい正確に刻まれているかを確かめに行くことになりました。
ささやかな旅ながら、少し深い意味も持ちあわせている、今回のトリップ。
最近では珍しく、全区間普通きっぷの旅です。
ここからはいつものレポート風に行ってみよう。
8時18分の電車で塩釜駅を発つ。事故の影響で9分ほど遅れていた。
車両は701系2連。立席客がかなりいる程度の混雑率だ。
小牛田からワンマンになる。駅舎側の留置線には『こがね』が停まっていた。石巻線のホームにキハ58系オンリーの編成が入線。珍しいらしい。
9時35分、石越に着いた。くりでんはまだ来ないので、歩いて先の駅に向かうことにする。目標は10時17分若柳着。
コンビニ(セブン)に寄って食料調達。ファンタのゴールデンアップル+ツナ&たまごサンド+リングポテトを購入。
10時00分頃、農道をほっつき歩く(^^;)。アメンボとか田植えのおっちゃんとかと戯れながら線路を探す。
と、線路を発見。線路際を歩っていると遠くで警笛が鳴る。まだ10時17分になっていなかったので、臨時列車だろう。

通過を写真に収める。
後ろの車両は「OH!バンデス号」。仙台地区のローカルTV番組の企画車両だ。
10時33分、今度の列車は諦めて、線路際に出て撮影。腕木式信号の脇の若柳駅が見えるような場所でスタンバイ。やって来たのはKD10形レールバス。

アース線(?)がかぶってしまったが、これを気にしない大らかさが俺にはある(^^)。
10時45分、若柳駅に到着。すぐさま電車撮影にとりかかる。自転車置き場になっているM182を皮切りに、次々とシャッターを切る。そのうちに上り列車が到着。タブレット方式に多少驚いた。
駅の正面には「みんなの足だよ栗鉄は 乗って残そう孫子のために」と書かれた看板が。なぜかこの看板が気に入ってしまった。
その後に硬券の乗車券を買い、構内で撮影。
DRA「あのー構内で撮影したいんですけど」
駅長「いいですよ」
DRA「ありがとうございます」
駅長「気を付けてね」
そして意気揚々と向かいのホームに移動し、撮影。

なぜか保存状態が割といいM153。
11時35分、下り細倉(マ)行き到着。乗り込むと、座席は満員。今朝の701系並だ。
地元の人、家族(子供連れ)、鉄ちゃんetc…。様々な人が乗っていた。
そして待ち焦がれた発車シーン。10数年ぶりのくりでんの旅に出発!!
11時55分、行き違い列車(さっきのレールバス)が10分遅れる。そのため到着も10分以上遅れることに。
やはりくりでんは軌道の規格が低いのか、横に大きく揺れながら進んでいく。それが一番印象深かった。
それと架線柱。非電化後10年近く経つのに、架線が未だに残っている箇所もあったりして、電車時代の面影を色濃く残していた。
JR線ではまず見かけないきついカーブを数箇所抜けていき、12時35分頃、細倉(マ)到着。
そして車窓から見えた旧細倉駅を探訪。駅から少し歩いたところにある。

丁字路から上っていったところにある踏切。画面右手が旧細倉駅。
奥側の遮断棒が斜めになっているのはパワーが無いためで、ウーウーいって必死に棒を支えています(^^;)。
駅の跡を訪ねた後はベンチで昼食。リングポテトがアリの餌食になった。
その後は細倉鉱山へ続いていた廃線跡を辿った。不自然にきつい勾配で怪しかったが、架線柱らしき柱が構内の高い所にあったので、あの勾配でほぼ間違いないだろうと思う。
細倉鉱山の跡はものすごくインパクトがあった。山肌に張り付くように設置された建物の廃墟、そして階段状のインクライン跡と思われる斜面などの遺構が強烈に頭の中に焼き付いてしまった。
…だめだ、あの風景のカッコ良さに完全に打ちのめされた…。
ちなみに鉱山資料館の駐車場には鉱山用の赤いトロッコが展示してある。
13時35分、細倉(マ)駅付近で撮影中に電池切れ。以後は記録無しの行程に。
13時40分頃、細倉(マ)出発。石越まで『OH!バンデス号』乗車。アナウンスがさとう宗幸さんの声だった。
15時13分、ワンマン仙台行き(701系)で石越を発つ。帰りは石巻線・仙石線経由で下馬駅に向かうことになった。きっぷは券売機の最高額の1620円。
15時45分頃、小牛田到着。16時18分発の女川行き(キハ48)に乗り換える。発車間際に『お座敷藤原まつり号』と遭遇。種車と改造車が並んだ。
16時59分、石巻到着。女川行きは15分停車(!)。この前来た時と比べて駅構内が非常にスッキリしていた。なんか跨線橋とかホームが新しくなってるし、側線は減ってるし…。
17時18分発の仙石線に乗り換える。2WAYシート車だったがロングシートでかなりガッカリ。
18時15分、下馬着。解散。
その後、塩釜駅に自転車を取りに行く。
やはり10年前の記憶はあまり当てにならないようです。今ほど沿線風景に注意して乗っているわけではありませんし。
あと、くりでんは我が仮想鉄道の七ヶ浜電鉄と似通った部分も結構あるので、車両の転用を行ったという設定もなかなかイケるかもしれません。
ということで、こんなスローガンを立ててみました。
「作って残そう栗原電鉄」。
これからは、気が向いたらくりでんの車両も作っていこうと思います。
そこで、かなり久々にくりはら田園鉄道を訪ねてみる事にしました。
パートナーは小田急仙石線君(略称は小田仙というらしいが…小田でよくないか?)。後輩であり、「鉄」である。
これまでは、くりでんに変わって間もない頃に行ったのが最初で最後でした(当時小学校1〜2年くらい?)。もちろん当時はそんなにくりでんに興味はなく、その時の記憶は断片的に残るのみ。
それから10年経っている今、果たして当時の記憶がどれくらい正確に刻まれているかを確かめに行くことになりました。
ささやかな旅ながら、少し深い意味も持ちあわせている、今回のトリップ。
最近では珍しく、全区間普通きっぷの旅です。
ここからはいつものレポート風に行ってみよう。
8時18分の電車で塩釜駅を発つ。事故の影響で9分ほど遅れていた。
車両は701系2連。立席客がかなりいる程度の混雑率だ。
小牛田からワンマンになる。駅舎側の留置線には『こがね』が停まっていた。石巻線のホームにキハ58系オンリーの編成が入線。珍しいらしい。
9時35分、石越に着いた。くりでんはまだ来ないので、歩いて先の駅に向かうことにする。目標は10時17分若柳着。
コンビニ(セブン)に寄って食料調達。ファンタのゴールデンアップル+ツナ&たまごサンド+リングポテトを購入。
10時00分頃、農道をほっつき歩く(^^;)。アメンボとか田植えのおっちゃんとかと戯れながら線路を探す。
と、線路を発見。線路際を歩っていると遠くで警笛が鳴る。まだ10時17分になっていなかったので、臨時列車だろう。

通過を写真に収める。
後ろの車両は「OH!バンデス号」。仙台地区のローカルTV番組の企画車両だ。
10時33分、今度の列車は諦めて、線路際に出て撮影。腕木式信号の脇の若柳駅が見えるような場所でスタンバイ。やって来たのはKD10形レールバス。

アース線(?)がかぶってしまったが、これを気にしない大らかさが俺にはある(^^)。
10時45分、若柳駅に到着。すぐさま電車撮影にとりかかる。自転車置き場になっているM182を皮切りに、次々とシャッターを切る。そのうちに上り列車が到着。タブレット方式に多少驚いた。
駅の正面には「みんなの足だよ栗鉄は 乗って残そう孫子のために」と書かれた看板が。なぜかこの看板が気に入ってしまった。
その後に硬券の乗車券を買い、構内で撮影。
DRA「あのー構内で撮影したいんですけど」
駅長「いいですよ」
DRA「ありがとうございます」
駅長「気を付けてね」
そして意気揚々と向かいのホームに移動し、撮影。

なぜか保存状態が割といいM153。
11時35分、下り細倉(マ)行き到着。乗り込むと、座席は満員。今朝の701系並だ。
地元の人、家族(子供連れ)、鉄ちゃんetc…。様々な人が乗っていた。
そして待ち焦がれた発車シーン。10数年ぶりのくりでんの旅に出発!!
11時55分、行き違い列車(さっきのレールバス)が10分遅れる。そのため到着も10分以上遅れることに。
やはりくりでんは軌道の規格が低いのか、横に大きく揺れながら進んでいく。それが一番印象深かった。
それと架線柱。非電化後10年近く経つのに、架線が未だに残っている箇所もあったりして、電車時代の面影を色濃く残していた。
JR線ではまず見かけないきついカーブを数箇所抜けていき、12時35分頃、細倉(マ)到着。
そして車窓から見えた旧細倉駅を探訪。駅から少し歩いたところにある。

丁字路から上っていったところにある踏切。画面右手が旧細倉駅。
奥側の遮断棒が斜めになっているのはパワーが無いためで、ウーウーいって必死に棒を支えています(^^;)。
駅の跡を訪ねた後はベンチで昼食。リングポテトがアリの餌食になった。
その後は細倉鉱山へ続いていた廃線跡を辿った。不自然にきつい勾配で怪しかったが、架線柱らしき柱が構内の高い所にあったので、あの勾配でほぼ間違いないだろうと思う。
細倉鉱山の跡はものすごくインパクトがあった。山肌に張り付くように設置された建物の廃墟、そして階段状のインクライン跡と思われる斜面などの遺構が強烈に頭の中に焼き付いてしまった。
…だめだ、あの風景のカッコ良さに完全に打ちのめされた…。
ちなみに鉱山資料館の駐車場には鉱山用の赤いトロッコが展示してある。
13時35分、細倉(マ)駅付近で撮影中に電池切れ。以後は記録無しの行程に。
13時40分頃、細倉(マ)出発。石越まで『OH!バンデス号』乗車。アナウンスがさとう宗幸さんの声だった。
15時13分、ワンマン仙台行き(701系)で石越を発つ。帰りは石巻線・仙石線経由で下馬駅に向かうことになった。きっぷは券売機の最高額の1620円。
15時45分頃、小牛田到着。16時18分発の女川行き(キハ48)に乗り換える。発車間際に『お座敷藤原まつり号』と遭遇。種車と改造車が並んだ。
16時59分、石巻到着。女川行きは15分停車(!)。この前来た時と比べて駅構内が非常にスッキリしていた。なんか跨線橋とかホームが新しくなってるし、側線は減ってるし…。
17時18分発の仙石線に乗り換える。2WAYシート車だったがロングシートでかなりガッカリ。
18時15分、下馬着。解散。
その後、塩釜駅に自転車を取りに行く。
やはり10年前の記憶はあまり当てにならないようです。今ほど沿線風景に注意して乗っているわけではありませんし。
あと、くりでんは我が仮想鉄道の七ヶ浜電鉄と似通った部分も結構あるので、車両の転用を行ったという設定もなかなかイケるかもしれません。
ということで、こんなスローガンを立ててみました。
「作って残そう栗原電鉄」。
これからは、気が向いたらくりでんの車両も作っていこうと思います。
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