2008-08

お疲れさま…103系

さて、今日はダイヤ改正だ。
というわけで、今回のダイヤ改正で首都圏から姿を消す103系について、いろいろ話をしていこうと思う。
とは言ったが、まず、本題に入る前に伝えたいことがある。

私の運営する「SENSEKISATION(旧COMORUE 64)」のサイト来訪者数が1000人を突破しました。

とりあえずおめでたや。2000人になるのはいつの日か…。


ここからが本題。
いよいよ首都圏からも103系が引退。以前からファンの間では噂が広まっていたので私も聞いたことがあるのだが、当時はどうも信じられなかった。だが数日前の新聞に掲載された、おなじみの青緑色の車体と「さよなら『103系』」の文字を見て、やっと「あぁ、本当だったんだな」と思った。

103系は幼い頃から近くの仙石線に居て、仙台や松島に行く時によく乗っていた。
その当時103系は水色で、ドアに取っ手がついていて、冬場などは手で開けるようになっていた。その時私は4〜5歳。ドアを開けた時のずっしりした感触は、大人になった今ではもう味わえまい。

幼稚園の時に見た異端・混色編成は、さらに衝撃的だった。カナリア色の編成に仙石線ストライプの車両が挟まって運転されていた時はその光景が頭に浮かび、幼稚園のお絵かき帳にその絵をたくさん描いた。
宮城野電車区で祭があった時は、オレンジ色の103系が展示されていた。その時迷子になったりしていたのだが(^^;)今となってはまったく覚えていないのでノープロブレム。
その他にも、カナリア色1色やウグイス/スカイブルーの混色編成は今でも覚えている。一番面白い時代だったなぁ。

中学校に入ってからは仙石線の103系の形態調べに没頭。車両別の細かい部分を調べまくった。

中2の時に初めて首都圏の103系を目撃する。京葉線の青い103系は乗ったことがあるが、「内装が結構古めだなぁ…いつまで活躍するんだろう」と思っていたことがあり、まさかその数年後に全車廃車になるだなんて私は思っていなかった。

仙石線の103系が引退がささやかれ始めたのは中3の頃(最近だよ)。205系の登場で仙石線は大きな変貌を遂げていた。103系が姿を消したのは高2の時かな?確か。それまで通学で乗ることが多々あった。

そして今度は首都圏で103系が消える。やはり時の流れなので仕方がないことなのだが、「電車といえばこいつだっ!」と私が“電車”の代名詞にしてきた最愛の車両(?)が引退するのはやはり寂しい。とにかく寂しい。めっちゃ寂しい。ウルトラ(ry


多くの方々が通勤・通学を共にし、
また、私の鉄道趣味の原点とも言える素敵な車両、103系。
それは、今もなお様々な形となって、
我々の心の中にこれからも走りつづけるだろう。



※注:西日本ではまだまだ現役です。


P.S.郡山に留置されてると噂される仙石線のあの編成は今?多賀城の高架化工事の時のために残しているという噂もあるのだが、それが本当だとすると今年4月にもう工事が始まるようなので、もしかすると復活も…!?ぬか喜びかもしれないがとりあえず期待はしておこう。

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ドラキュラおじさん

ドラキュラおじさん

宮城県在住。鉄道、レトロゲーム等に広く浅く興味がある。
(詳しくはこちらをご覧ください。詳細な自己紹介です。)

注意:
本文では「私」「俺」などなど、多彩な一人称を駆使しますが、全て同一人物です。
また記事を投稿する時間帯の関係上、記事上の日付と投稿時の日付が異なる場合がございます。あらかじめご了承下さい。

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