最後の日
さて、いよいよ本日、10月21日をもって103系の営業運転が終了しました。
いろいろ忙しいとか言って日記を更新していなかったのですが、実際ヘッドマークらしきものを作るとか言ってなんだかんだで進んでなかったりしたので書けるなら今だろうと。
というわけで、先週の火曜から毎日撮ってた写真を載せながら最近の撮影行脚を書いていきたいと思います。
10/13
引退日が決まってから初めて線路際へ。
この日は多賀城駅の仙台寄り→下馬駅近くの七十七銀行裏→小鶴新田駅近くの跨線橋と移動して撮影。
しかし使用したデジカメ(FinePix Z20fd)に慣れていなかったため、あまり良い写真は撮れずじまいでした。(とか言ってもう写真をうpしてしまったので面倒だからパスしたw)
10/14
前日の失敗を踏まえ、メインカメラのFDマビカ(MVC-FD97)を携行。
下馬駅の仙台寄り→七十七銀行裏→苦竹駅ホームと移動して撮影。

七十七銀行裏

苦竹駅ホーム
マビカで撮ると結構くっきりした写真になるので好きです。
10/15
この日は砂押川→七十七銀行裏と移動。

砂押川の鉄橋
鉄橋で撮るのは中学以来。懐かしい撮影ポイントでした。
こうやって毎日撮影していると、順光・逆光の違いやカメラ・仕上がりに与える影響がなんとなく…でも分かってきた気がします。
朝は光線が地面と平行に近いので、撮影場所もそれなりに限られてきますね。
10/16
下馬駅周辺→下馬からあおば通まで乗車→あおば通と移動・撮影・録音。


下馬駅

あおば通駅

あおば通にはこんな掲示がありました。
他の駅に行ったときも大抵この掲示があったので、仙石線にとっては一大事のようですね。
10/18
大学祭の最中でしたが、暇を見つけて抜け出し特別運用を撮影しました。
やきそば屋が繁盛しすぎて出発が遅れてしまい、バスがぎりぎり駅前に着くのが間に合うか…な状態に。
到着3分前、青葉通一番町バス停で下車。ダッシュであおば通駅に向かい何とか間に合いました。
しかし。

この状態で撮影するっていったってまともに撮れるわけがなかろうが。
快速幕はもう回送に変わってしまっていたし。

何とかヘッドマークを撮影成功。
この後すぐに大学へ引き返し、大学祭もめいっぱい楽しんできました。
問題の快速運用は、ちょうど崗氏が撮影に来ていたのでデータをもらって一件落着。
10/19
この日からヘッドマークが普通に掲出されるようになりました。
下馬駅ホーム→小鶴新田駅ホームと移動して撮影。



下馬駅

小鶴新田でモハ102のSIV部分を撮影。今までまともに撮れなかった場所なので、模型化するときの資料用に撮ってきました。


小鶴新田行きの運用で仙台から戻ってきました。
回送幕になるかと思ったらバグって流灯とか変な表示に。

そのまま車庫へ回送されました。
10/20
そして撮影行脚は最終日へ。
陸前高砂駅ホーム→七北田川鉄橋→苦竹駅ホームと移動して撮影。



陸前高砂駅。珍しく誰もいないようでした。


七北田川の鉄橋。
上りは逆光になる場所ですが、曇天ということで何とかなるかなと思いここを選びましたがうまくいったもよう。


苦竹駅。やはり有名な場所だからか結構人がいました。
10/21
そして本日、最終運転日。
ここまで来て一度も録音してないことに気がついたので、全便乗ってみることにしました。
カメラは前述のFinePixを携え、MDを持っていざ小鶴新田へ。

もう明るくなり始めてますが、カメラの関係で結構露出合わせるのが難しかったり。
そして録音開始。


朝日が差し込む車内。

3年前に補修したはずの車体にも傷みが見えてきています。

あおば通に到着したら今度は東塩釜行きへ。
モハ103に乗り込み録音。
乗っている間はしんみりしてるわけでもなく、ちゃんと録音されてるかをずっと気にしてました。
東塩釜に着いたら総出でスーパー撮影タイムになってましたが、私は乗り越し精算があるので撮影タイムには交われず。MDを交換してひたすら発車待ちしてました。
東塩釜〜あおば通間はモハ102に乗り込み録音。
湧き上がるような「どぅるどぅるどぅる」って音はコンプレッサーなのかな?
そしてあおば通に到着。
定期での乗り越し精算は機械を使えないことが判明しました。ちょっと手間取りましたがなんとか精算完了。
Suicaにチャージして持っていった方が結果的によかったのかな…。

103系は折り返し、小鶴新田行きとして最後の運用へ。
最後に、連結面の窓から線路を見下ろしてみました。
昔はここがお気に入りで、連結面から流れる線路や揺れるジャンパを飽きずに眺めていたなぁ。
205系になってこの窓がなくなってて、がっかりしたのを思い出します。
終点の小鶴新田で下車。
車両はそのまま何事もなく回送されていきました。
そして福田町へ移動。


留置線に入ったところを撮影していきました。
最終日ということもあって、沿道がセルフ撮影会みたいな事に。
この後すぐ帰宅しました。
という内容の日記ですが、締めのうまい言葉が思いつかない…。
103系は2004年頃までにほとんど見かけなくなったので、よくぞ今まで生き残っていたな、というのが正直な感想です。
でもこれで一つの時代が終わりました。
103系は自分の「趣味の原点」だっただけに、動くようにとは言わないのでどこかに静態保存してやってほしいなぁとも思ってます。実際には無理だと思いますが。
とりあえず、お疲れ様でした。
なんか書いてるうちに日付をまたいでしまったけど気にしない。
録音した音源は明日あたりにでもラジ電特別編で流すかもしれません。
それでは。
いろいろ忙しいとか言って日記を更新していなかったのですが、実際ヘッドマークらしきものを作るとか言ってなんだかんだで進んでなかったりしたので書けるなら今だろうと。
というわけで、先週の火曜から毎日撮ってた写真を載せながら最近の撮影行脚を書いていきたいと思います。
10/13
引退日が決まってから初めて線路際へ。
この日は多賀城駅の仙台寄り→下馬駅近くの七十七銀行裏→小鶴新田駅近くの跨線橋と移動して撮影。
しかし使用したデジカメ(FinePix Z20fd)に慣れていなかったため、あまり良い写真は撮れずじまいでした。(とか言ってもう写真をうpしてしまったので面倒だからパスしたw)
10/14
前日の失敗を踏まえ、メインカメラのFDマビカ(MVC-FD97)を携行。
下馬駅の仙台寄り→七十七銀行裏→苦竹駅ホームと移動して撮影。

七十七銀行裏

苦竹駅ホーム
マビカで撮ると結構くっきりした写真になるので好きです。
10/15
この日は砂押川→七十七銀行裏と移動。

砂押川の鉄橋
鉄橋で撮るのは中学以来。懐かしい撮影ポイントでした。
こうやって毎日撮影していると、順光・逆光の違いやカメラ・仕上がりに与える影響がなんとなく…でも分かってきた気がします。
朝は光線が地面と平行に近いので、撮影場所もそれなりに限られてきますね。
10/16
下馬駅周辺→下馬からあおば通まで乗車→あおば通と移動・撮影・録音。


下馬駅

あおば通駅

あおば通にはこんな掲示がありました。
他の駅に行ったときも大抵この掲示があったので、仙石線にとっては一大事のようですね。
10/18
大学祭の最中でしたが、暇を見つけて抜け出し特別運用を撮影しました。
やきそば屋が繁盛しすぎて出発が遅れてしまい、バスがぎりぎり駅前に着くのが間に合うか…な状態に。
到着3分前、青葉通一番町バス停で下車。ダッシュであおば通駅に向かい何とか間に合いました。
しかし。

この状態で撮影するっていったってまともに撮れるわけがなかろうが。
快速幕はもう回送に変わってしまっていたし。

何とかヘッドマークを撮影成功。
この後すぐに大学へ引き返し、大学祭もめいっぱい楽しんできました。
問題の快速運用は、ちょうど崗氏が撮影に来ていたのでデータをもらって一件落着。
10/19
この日からヘッドマークが普通に掲出されるようになりました。
下馬駅ホーム→小鶴新田駅ホームと移動して撮影。



下馬駅

小鶴新田でモハ102のSIV部分を撮影。今までまともに撮れなかった場所なので、模型化するときの資料用に撮ってきました。


小鶴新田行きの運用で仙台から戻ってきました。
回送幕になるかと思ったらバグって流灯とか変な表示に。

そのまま車庫へ回送されました。
10/20
そして撮影行脚は最終日へ。
陸前高砂駅ホーム→七北田川鉄橋→苦竹駅ホームと移動して撮影。



陸前高砂駅。珍しく誰もいないようでした。


七北田川の鉄橋。
上りは逆光になる場所ですが、曇天ということで何とかなるかなと思いここを選びましたがうまくいったもよう。


苦竹駅。やはり有名な場所だからか結構人がいました。
10/21
そして本日、最終運転日。
ここまで来て一度も録音してないことに気がついたので、全便乗ってみることにしました。
カメラは前述のFinePixを携え、MDを持っていざ小鶴新田へ。

もう明るくなり始めてますが、カメラの関係で結構露出合わせるのが難しかったり。
そして録音開始。


朝日が差し込む車内。

3年前に補修したはずの車体にも傷みが見えてきています。

あおば通に到着したら今度は東塩釜行きへ。
モハ103に乗り込み録音。
乗っている間はしんみりしてるわけでもなく、ちゃんと録音されてるかをずっと気にしてました。
東塩釜に着いたら総出でスーパー撮影タイムになってましたが、私は乗り越し精算があるので撮影タイムには交われず。MDを交換してひたすら発車待ちしてました。
東塩釜〜あおば通間はモハ102に乗り込み録音。
湧き上がるような「どぅるどぅるどぅる」って音はコンプレッサーなのかな?
そしてあおば通に到着。
定期での乗り越し精算は機械を使えないことが判明しました。ちょっと手間取りましたがなんとか精算完了。
Suicaにチャージして持っていった方が結果的によかったのかな…。

103系は折り返し、小鶴新田行きとして最後の運用へ。
最後に、連結面の窓から線路を見下ろしてみました。
昔はここがお気に入りで、連結面から流れる線路や揺れるジャンパを飽きずに眺めていたなぁ。
205系になってこの窓がなくなってて、がっかりしたのを思い出します。
終点の小鶴新田で下車。
車両はそのまま何事もなく回送されていきました。
そして福田町へ移動。


留置線に入ったところを撮影していきました。
最終日ということもあって、沿道がセルフ撮影会みたいな事に。
この後すぐ帰宅しました。
という内容の日記ですが、締めのうまい言葉が思いつかない…。
103系は2004年頃までにほとんど見かけなくなったので、よくぞ今まで生き残っていたな、というのが正直な感想です。
でもこれで一つの時代が終わりました。
103系は自分の「趣味の原点」だっただけに、動くようにとは言わないのでどこかに静態保存してやってほしいなぁとも思ってます。実際には無理だと思いますが。
とりあえず、お疲れ様でした。
なんか書いてるうちに日付をまたいでしまったけど気にしない。
録音した音源は明日あたりにでもラジ電特別編で流すかもしれません。
それでは。
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