2009廃線跡まとめ・後編
昨日の日記の続きです。
今回は愛宕駅周辺から帰宅までを書いていきます。
それではどうぞ。
より大きな地図で表示
愛宕駅をアンダークロスした廃線跡は住宅となり、再び高速道路をくぐります。
そこからは東北本線に沿ってほぼ一本道。そのまま高城川を渡りますが、そこの橋も道路に転用されています。

丁度「リゾートみのり」が通過。廃線跡は左の橋。
ここからは二車線の道路となり合流地点まで続くわけですが、進行方向右手の田んぼの中に何やら怪しい茂みが点々と見えるようになります。
これはこの先にかつてあった「品井沼」を干拓するための地下水路を作った跡で、すり鉢状の穴を掘って水路隧道を作ったんだとか。この穴のことを「ずり出し穴」というらしいです。

ちょっと寄り道。
実は小学校の時にここに寄ったんですが、最近綺麗になったみたいで昔の面影はあまり残ってません。
穴の淵はちょっと良い撮影ポイントかも。
道なりにずっと上がっていくと、現在線と分かれて山の中へ突入していきます。
そしていくらもしないうちに現れた、最大の遺構。

(旧)根廻トンネル。
レンガ造りのまま道路トンネルとして転用されたトンネルです。

開通が明治23(1890)年なので、今年で119年目のなかなか長寿なトンネルであったりします。
2000年から観察を続けていますが、左側にあった木製のネームプレートが紛失したり照明設備の更新が行われていたりと、少しずつですがその姿を変えてきています。

1車線にしてはちょっと大きいくらいの坑口。
トンネルにつながる道路は2車線ですが、途中ですれ違いができないためお互い譲り合って通行します。

不気味なレンガの間の亀裂(に見える何かかもしれない)。
ここ数年地震が多いので、何かしら影響があるかと思っていましたが…たぶんこれもそうなのかな。
いつまでも入口に立って撮影してるのも何なので、さくっと通過して合流地点を目指します。

ここが合流地点の踏切。
道路はS字にぐにゃりと曲がって踏切を越えていきますが、路盤はそのまま線路に滑らかに合流していきます。

踏切の横で休んでいると、先ほど見送った「リゾートみのり」が帰ってきました。
ここからは帰り道。

新旧根廻トンネル。
新トンネルは入ったら右へカーブして抜けていきます。
対して旧トンネルは北側入口から下がっていく線形だったことがわかります。
まずは愛宕駅まで来た道を戻り、そこから街道に出て旧松島駅方面へ。
街道に沿ったところに松島電車の橋台が残っているはずです。
車との接触に恐怖しながら進むと、5分もしないうちに見つけました。

築堤ももはやなく橋台自体もちょっと崩れていますが、これが今回探し求めていた遺構。
正確にはこれが松島電車のものなのかどうか疑問(旧道路とか旧歩道の跡じゃないか?)でもありますが、鉄道用の形に近いことから松島電車のものである可能性は高いでしょう。

これは反対側、旧松島駅方面に残っているもの。
上に小屋が建っています。

位置関係はこんな感じ。
廃止から60年以上は経っており、この他にある痕跡は廃レールを利用した柵ぐらいです。
この後は旧松島駅に戻り、ずっと松島電車の線路跡(地図上の青いルート)を辿って松島海岸へ向かいます。
旧松島駅前を発車して次の停留所は愛宕橋停留所。そこまでのルートは小学校の敷地になってたり東北本線の築堤が遮っていて正確に辿ることができませんでした。
ここから先は事情があって(単に見栄えがしないから?)写真の量が激減しますがお気になさらずに。
愛宕橋停留所は愛宕交差点近くの川が合流する地点近くにあったと推定されます。
しかし何も見つかりませんでした。
ここから川を渡り、線路跡は川の側を走っていきます。
途中で45号線に遮られたりしますが、裏の道路や砂利道、細長い荒地として延々と続いているようです。
次は松島高城停留所。松島町高城交差点のところにあったと推定されます。
しかし何も(ry
更に走って、仙石線をアンダークロスします。
その前に本線松島駅でトイレ休憩。
ここで松島電車跡探索は一旦打ち切り、もう一つの目的である「宮城電鉄小石浜遊園駅跡探索」に切り替えます。
アンダークロス直後に右折、山道を登り瑞巌寺の裏へ。
たぶんここら辺かな?と踏んでましたが、元々可能性が低い上に墓地と遊園は一緒に置かないんじゃないのかい?という個人的疑問があったので撤退。
瑞巌寺から今度は表に出て、松島電車の終点跡を見に行きました。
案の定何も見つかりませんでしたが、道路のカーブと建物のカーブが一致しない「なんだか変な空気」は読みとれました。
続いて駅跡探索に戻ります。
もう一つの候補地、小石浜地区はこの先。地形的にも地名的にもここにあるだろうなという候補地があるので、そこへ行ってみることにしました。
小石浜地区に入るには45号線を南下し、海浜公園端の押しボタン信号のあるところから入っていきます。

そこをちょっと進むと、こんな感じに上っていく道があります。
舗装されてはいるものの雰囲気が違うので少し気が引けます。ここは私有地なんでしょうか…?
上った先には仙石線の線路と、少しばかり線路に沿った平地がありました。
ちょうどトンネルの出口部分で、駅を設置しようと思えば設置できるようなスペースでもあります。
車が停まっていたので、駐車場として利用されてるのかもしれません。
ここが駅だったとすると、さっきの道路は駅前道路って事になるんでしょうか…ねぇ?
結論:駅だった可能性は無くはない。但し、裏付けが不足している(遺構的な意味で)。
ここからは45号線に戻り、あとはひたすら自宅目指して走ります。
途中で崗氏のペースについていけず、かなりぐだぐだな感じで走ってましたが、陸前浜田駅で休憩したところほぼ回復。そこからは普通のペースで走りました。

あと、毎年補給のために立ち寄っていた陸前浜田駅前のセブンイレブンが無くなってたのはショックだった…。
この地区の人はコンビニ使わないのかな?
という感じで15時前後に帰宅しました。
廃線跡は歴史考証とかを考えるのも楽しいんですが、このケースでは友人と訪れることで同窓会的な役割も担ってるんだなぁと改めて思いましたね。
最後に関係ない話を一つ。
ペプシの今年の限定味「ペプシしそ」をフラゲしてきましたw
味は…しそジュース的味ですが酸味が足りない。あと臭いでちょっと好き嫌いが分かれそう。
しそジュースの原液をソーダ水で割ってた人には物足りない味かもしれません。
それでは。
今回は愛宕駅周辺から帰宅までを書いていきます。
それではどうぞ。
より大きな地図で表示
愛宕駅をアンダークロスした廃線跡は住宅となり、再び高速道路をくぐります。
そこからは東北本線に沿ってほぼ一本道。そのまま高城川を渡りますが、そこの橋も道路に転用されています。

丁度「リゾートみのり」が通過。廃線跡は左の橋。
ここからは二車線の道路となり合流地点まで続くわけですが、進行方向右手の田んぼの中に何やら怪しい茂みが点々と見えるようになります。
これはこの先にかつてあった「品井沼」を干拓するための地下水路を作った跡で、すり鉢状の穴を掘って水路隧道を作ったんだとか。この穴のことを「ずり出し穴」というらしいです。

ちょっと寄り道。
実は小学校の時にここに寄ったんですが、最近綺麗になったみたいで昔の面影はあまり残ってません。
穴の淵はちょっと良い撮影ポイントかも。
道なりにずっと上がっていくと、現在線と分かれて山の中へ突入していきます。
そしていくらもしないうちに現れた、最大の遺構。

(旧)根廻トンネル。
レンガ造りのまま道路トンネルとして転用されたトンネルです。

開通が明治23(1890)年なので、今年で119年目のなかなか長寿なトンネルであったりします。
2000年から観察を続けていますが、左側にあった木製のネームプレートが紛失したり照明設備の更新が行われていたりと、少しずつですがその姿を変えてきています。

1車線にしてはちょっと大きいくらいの坑口。
トンネルにつながる道路は2車線ですが、途中ですれ違いができないためお互い譲り合って通行します。

不気味なレンガの間の亀裂(に見える何かかもしれない)。
ここ数年地震が多いので、何かしら影響があるかと思っていましたが…たぶんこれもそうなのかな。
いつまでも入口に立って撮影してるのも何なので、さくっと通過して合流地点を目指します。

ここが合流地点の踏切。
道路はS字にぐにゃりと曲がって踏切を越えていきますが、路盤はそのまま線路に滑らかに合流していきます。

踏切の横で休んでいると、先ほど見送った「リゾートみのり」が帰ってきました。
ここからは帰り道。

新旧根廻トンネル。
新トンネルは入ったら右へカーブして抜けていきます。
対して旧トンネルは北側入口から下がっていく線形だったことがわかります。
まずは愛宕駅まで来た道を戻り、そこから街道に出て旧松島駅方面へ。
街道に沿ったところに松島電車の橋台が残っているはずです。
車との接触に恐怖しながら進むと、5分もしないうちに見つけました。

築堤ももはやなく橋台自体もちょっと崩れていますが、これが今回探し求めていた遺構。
正確にはこれが松島電車のものなのかどうか疑問(旧道路とか旧歩道の跡じゃないか?)でもありますが、鉄道用の形に近いことから松島電車のものである可能性は高いでしょう。

これは反対側、旧松島駅方面に残っているもの。
上に小屋が建っています。

位置関係はこんな感じ。
廃止から60年以上は経っており、この他にある痕跡は廃レールを利用した柵ぐらいです。
この後は旧松島駅に戻り、ずっと松島電車の線路跡(地図上の青いルート)を辿って松島海岸へ向かいます。
旧松島駅前を発車して次の停留所は愛宕橋停留所。そこまでのルートは小学校の敷地になってたり東北本線の築堤が遮っていて正確に辿ることができませんでした。
ここから先は事情があって(単に見栄えがしないから?)写真の量が激減しますがお気になさらずに。
愛宕橋停留所は愛宕交差点近くの川が合流する地点近くにあったと推定されます。
しかし何も見つかりませんでした。
ここから川を渡り、線路跡は川の側を走っていきます。
途中で45号線に遮られたりしますが、裏の道路や砂利道、細長い荒地として延々と続いているようです。
次は松島高城停留所。松島町高城交差点のところにあったと推定されます。
しかし何も(ry
更に走って、仙石線をアンダークロスします。
その前に本線松島駅でトイレ休憩。
ここで松島電車跡探索は一旦打ち切り、もう一つの目的である「宮城電鉄小石浜遊園駅跡探索」に切り替えます。
アンダークロス直後に右折、山道を登り瑞巌寺の裏へ。
たぶんここら辺かな?と踏んでましたが、元々可能性が低い上に墓地と遊園は一緒に置かないんじゃないのかい?という個人的疑問があったので撤退。
瑞巌寺から今度は表に出て、松島電車の終点跡を見に行きました。
案の定何も見つかりませんでしたが、道路のカーブと建物のカーブが一致しない「なんだか変な空気」は読みとれました。
続いて駅跡探索に戻ります。
もう一つの候補地、小石浜地区はこの先。地形的にも地名的にもここにあるだろうなという候補地があるので、そこへ行ってみることにしました。
小石浜地区に入るには45号線を南下し、海浜公園端の押しボタン信号のあるところから入っていきます。

そこをちょっと進むと、こんな感じに上っていく道があります。
舗装されてはいるものの雰囲気が違うので少し気が引けます。ここは私有地なんでしょうか…?
上った先には仙石線の線路と、少しばかり線路に沿った平地がありました。
ちょうどトンネルの出口部分で、駅を設置しようと思えば設置できるようなスペースでもあります。
車が停まっていたので、駐車場として利用されてるのかもしれません。
ここが駅だったとすると、さっきの道路は駅前道路って事になるんでしょうか…ねぇ?
結論:駅だった可能性は無くはない。但し、裏付けが不足している(遺構的な意味で)。
ここからは45号線に戻り、あとはひたすら自宅目指して走ります。
途中で崗氏のペースについていけず、かなりぐだぐだな感じで走ってましたが、陸前浜田駅で休憩したところほぼ回復。そこからは普通のペースで走りました。

あと、毎年補給のために立ち寄っていた陸前浜田駅前のセブンイレブンが無くなってたのはショックだった…。
この地区の人はコンビニ使わないのかな?
という感じで15時前後に帰宅しました。
廃線跡は歴史考証とかを考えるのも楽しいんですが、このケースでは友人と訪れることで同窓会的な役割も担ってるんだなぁと改めて思いましたね。
最後に関係ない話を一つ。
ペプシの今年の限定味「ペプシしそ」をフラゲしてきましたw
味は…しそジュース的味ですが酸味が足りない。あと臭いでちょっと好き嫌いが分かれそう。
しそジュースの原液をソーダ水で割ってた人には物足りない味かもしれません。
それでは。
コメント
確かに、駅が廃止されたのは5月、海線開業が11月なので、その間に突貫工事で失われたのかもしれませんね。
とはいっても実際線路は結構離れているし、建設用地にはならなかっただろうなと思います。
自分の考えでは名前からして簡素な駅のようなので、もしかしたら撤去可能なホームだったのかも?
まぁ、本当のことはよくわかりませんが。
とはいっても実際線路は結構離れているし、建設用地にはならなかっただろうなと思います。
自分の考えでは名前からして簡素な駅のようなので、もしかしたら撤去可能なホームだったのかも?
まぁ、本当のことはよくわかりませんが。
コメントの投稿
トラックバック
http://draculaojisan.blog8.fc2.com/tb.php/385-11352fd5


海線の建設時期と、仙石線の国有化のことを考えるとつじつまが合いそうな気がしますが…