2009-07

仙石線展とテセウスの船

先日、東北福祉大・鉄道交流ステーションで開催中の「『仙石線』展-その歩みと魅力-」を見に行ってきました。

近頃の仙石線の資料はもちろん、宮城電鉄時代の車両の図面(国有化後に引かれたもの)やその写真も展示されており、展示スペースから考えるとかなりの「満腹感」。
特に宮電時代の資料は開業時の木造車電気機関車(買収後の姿で、C11形らしき蒸機と写っている)の写真、パンフレットまで網羅してありすばらしかったです。
あと、鉄道模型(Nゲージ)も走行展示とディスプレイで展示を行ってたり。

明日まで開催なので、見に行く方はお早めに。



さて、ここからは余談。

「テセウスの船」
この言葉を知らない人に説明すると、ある物体のパーツがすべて別のものに交換されたらそのものは同じであると言えるのか?というもの。

とりあえず詳しい説明はwikipediaをご覧になってほしいと思いますが、その言葉を聞いたときにある車両を思い出しました。

かつて川越線を走っていた、103系3000番台。
実はこの車両、元々はモハ72・クハ79形という車両だったのを改造していってこのような形になっていったのです。

製造されてからしばらくは元の形態のままで、仙石線に投入されるときに103系と同じ車体を新製して載せ替えました。このときに変わったのは車体で、形式はモハ72・クハ79のまま番台が変更されています。
続いて川越線に転属する時に103系の機器を取り付け、103系へ形式が変わります。このときにはパンタと台車・床下機器などが交換されました。

その状態で廃車になったわけですが、新造時から使っていたパーツは台枠のみしかなかったというので、あと一歩で「テセウスの船」になってたかも〜。と書こうとしましたが…

これを書くのに「台枠」で調べたらwikipediaのここ↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B0%E6%9E%A0
その当該する部分の記述には「103系タイプ車体新造時に同一設計の台枠を新造し置き換えた説がある。(引用)」とのこと。

これが本当だとしたら、元から使ってた部分何も残ってなくね?

台枠の設計は同じだから設計的には旧型当時の物だし…でも物質的には異なるものなので…う〜ん。

自分にとって他愛のない事なのに、最近ずっと考えてしまう。
そんな「テセウスの船」の話でした。

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ドラキュラおじさん

ドラキュラおじさん

宮城県在住。鉄道、レトロゲーム等に広く浅く興味がある。
(詳しくはこちらをご覧ください。詳細な自己紹介です。)

注意:
本文では「私」「俺」などなど、多彩な一人称を駆使しますが、全て同一人物です。
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