手紙の心
この頃、国語表現の授業で「手紙」をやっている。
教科書では「手紙の心とは、相手のことを思いやる心」などと説いているが、最近それを思わせるような出来事があったので紹介しておく。
先週の土曜、とある方にメールを送った。そのメールは私の聞きたい事を聞くだけのものだったのだが、返事にはどことなく忙しい雰囲気が垣間見られ、そこで思った。
せめて「ご多忙のところお許し下さい」とか、「お手数をお掛けして申し訳ありません」とか、一文入れれば良かったのではないかと。
これに気づいたのがメールを送ってからだった。やはり、手紙は急いで書くものではなく、熟考してからしたため、送るものだと思った。
電子メールというものは、とかくリアルタイムで伝わるので、早く相手に返事を書かないと失礼だと思っている人が多いように私は感じる。
まあ、どちらにしても、届くのは人のところだ。自分が書いたはがきも、キーボードを叩いて打ち込んだメールも、まったく違う形・伝送経路だが、いずれは人のところへ届く。
さて、これから年賀状シーズンだ。何度も読み返したくなるような、心のこもったはがきを書きたい。
教科書では「手紙の心とは、相手のことを思いやる心」などと説いているが、最近それを思わせるような出来事があったので紹介しておく。
先週の土曜、とある方にメールを送った。そのメールは私の聞きたい事を聞くだけのものだったのだが、返事にはどことなく忙しい雰囲気が垣間見られ、そこで思った。
せめて「ご多忙のところお許し下さい」とか、「お手数をお掛けして申し訳ありません」とか、一文入れれば良かったのではないかと。
これに気づいたのがメールを送ってからだった。やはり、手紙は急いで書くものではなく、熟考してからしたため、送るものだと思った。
電子メールというものは、とかくリアルタイムで伝わるので、早く相手に返事を書かないと失礼だと思っている人が多いように私は感じる。
まあ、どちらにしても、届くのは人のところだ。自分が書いたはがきも、キーボードを叩いて打ち込んだメールも、まったく違う形・伝送経路だが、いずれは人のところへ届く。
さて、これから年賀状シーズンだ。何度も読み返したくなるような、心のこもったはがきを書きたい。

